FRYN.

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映画『主戦場』

映画『主戦場』を見てきたので、感想をまとめました。

 

 

予告編


映画『主戦場』劇場予告編

 

あらすじ

日系アメリカ人映像作家ミキ・デザキが慰安婦問題をめぐる論争をさまざまな角度から検証、分析したドキュメンタリー。慰安婦問題について、デザキの胸をよぎるさまざまな疑問。慰安婦たちは性奴隷だったのか、本当に強制連行はあったのか、元慰安婦たちの証言はなぜブレるのか、日本政府の謝罪と法的責任とは……。この問題を検証すべく、日本、アメリカ、韓国、肯定派と否定派それぞれの立場で論争の中心にいる人びとに取材を敢行。さらに膨大な量のニュース映像や記事の検証を交え、慰安婦問題を検証していく。*1

 

基本情報

監督

ミキ・デザキ

製作

ミキ・デザキ ハタ・モモコ

脚本

ミキ・デザキ*2

 

普段は交わらない、肯定派と否定派を登場させる

結論から、言うと、圧倒された。センシティブでどう扱っても、各方面から色々言われそうな「慰安婦問題」に真正面から取り組んだことが本当にすごいと思った。パンフレットでも書かれていたけど、この映画の見どころは、慰安婦問題において普通であれば、一堂に会して議論することのない、慰安婦制度はなかった、あるいはあったにせよ、日本政府に責任はないする否定派と、慰安婦制度は存在していたし、そこに日本政府は関与していて責任があるとする肯定派が、まるで議論しているかのような映画の展開だ。

まず、映画は、否定派の人々にインタビューし、意見を聞くところから始まるが、彼らの主張を検証すると、矛盾があったり、事実や言葉の定義を把握していなかったり、あるいは、意図的に史料を歪曲して解釈していることが明らかになっていく。そのうえで、肯定派のインタビューを通じて、慰安婦問題の歴史学における解釈や、国際法における解釈、あるいは、国際的な人権問題における位置づけなどを紹介していく。

 

映像の生々しさ

 しかし、否定派と肯定派の議論を紹介するだけなら、書籍でもできる(実際、この映画を書籍化してくれないかとも思う)。この映画を映画たらしめているのは、やはり、否定派と肯定派の人々がインタビューで語るその生々しい様子を記録したことだと思う。映画監督の森達也さんもパンフレットに書いていることだけど、話し手の表情、口振り、目線、そのすべてが生々しくスクリーンに映し出される。そして、彼らの言葉、その口調を、まるで目の前にいるかのように、聞くことが出来る。詳しいことは言わない。本当に見てほしい。個人的には、否定派の中心にいる、ある人が、自分は慰安婦問題について正しい歴史を伝えている者の一人だと言いながら、人の書いたものは読まないから知らない、と慰安婦問題の著名な学者について語る姿には、もはや笑うしかなかったし、こんな人が日本の政治に影響を与える立場にいるのかと、心底、背筋が凍った。

 

両論併記

 この映画は「主戦場」というタイトルの通り、否定派と肯定派の対戦形式で展開していく。ライターの武田砂鉄さんは、この両論併記の危うさに言及していて、それも一理あるなと思った。『否定と肯定』という、実際にあったホロコースト否定派と肯定派をめぐる裁判を題材にした映画が公開されたとき、そのタイトルが問題になった。この映画の原題は “Denial” 直訳すると「否定」であり、両者を同じレベルのものとして並べていなかったのに、否定と肯定、だと両者が同じ土俵にあって、まだ議論が続いているかのような印象を与えるからだ。それは確かにその通りだと思う。ただ、否定派と肯定派の言葉遣いや、両者の語る様子を対比させるためにも、今の構成で良かったのではないかとも思う。

 

はじめの一歩

 この映画が、慰安婦問題において中立な映画だというつもりはない。そもそも、中立を語ること自体が、否定派にも一定の意義があるという印象を与えてしまいかねない。大胆に言うなら、この映画は否定派の欺瞞を明らかにする映画だし、監督の慰安婦問題に対するスタンスも言うまでもないと思う。そもそも、よく言われることだけど、中立で公平なドキュメンタリー映画なんて存在しない。撮った映像を使うか、使わないか、どの順番で出すかを編集する段階で、作り手の見方が介在することは明らかだから。だから「中立ではない」とか「偏っている」とかいう批判は的外れだと思う。

 この映画を観ていて、心底、慰安婦問題について、そして、日本という国の在り方について、考えなければいけないと思わされた。この映画を観て、慰安婦問題を分かった気になって、自分と意見の異なる人を論破した気になって留飲を下げていていけない。もっと慰安婦問題について知らなければいけないし、日本がこのままでいいのか、本気で考えなればいけないなと思わされた。

 

*1:「映画.com」https://eiga.com/movie/90844/

*2:同上