FRYN.

ラジオ、映画、本、音楽、服、食事、外国語学習、など趣味の記録。Twitter : @fryn_you

菊地成孔『あたしを溺れさせて。そして溺れ死ぬあたしを見ていて』

菊地成孔『あたしを溺れさせて。そして溺れ死ぬあたしを見ていて(ヴァイナル文學選書)』東京キララ社、2018年。

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新宿でしか買えない本。

 ジャズミュージシャンの菊地成孔を知ったのは、TBSラジオ菊地成孔の粋な夜電波」だった。最初、姉がこの番組を聞いていて、面白いよ、と教えてくれて、自分も聞き始めた。

 妖しくカッコいい前口上、AMとは思えないような選曲、菊地成孔の与太話、思わず吹き出すラジオコント、時に耽美的で、時に温かいラジオドラマ、当時のTBSの番組には全くなかったオリジナリティに、惹きつけられて、ヘビーリスナーとは言えないけれど、よく聴いた。

 菊地成孔はジャズミュージシャンだけど、多彩な人で文章も書ける。たとえば、映画評も書いていて、ジャズドラマーを描いた「セッション」をめぐって、映画評論家の町山智浩とネット上で論争したのは知ってる人もいると思う。そんな菊地が官能小説を書いた、と知ったのは、それが読書会の課題本になったからだった。次の読書会で読むのは、この本に決めた。

 ところが、Amazonで検索しても、楽天Booksで検索しても、hontoで検索しても、この本が出てこない。どうやら、新宿の限られた店でしか売っていないらしい。早速、新宿の紀伊国屋書店で購入して、驚いた。普通の本のように綴じられておらず、ビニールに入って売られていたからだ。まるで、昔売られていたという、ビニ本みたいだ。

 タイトル通り、この本は溺死フェチのカップルの話である。黒人ハーフの日本人・ダンと、キャバクラ嬢の葉子は、職場での会話がきっかけで、お互いが溺死フェチだと知り、溺死プレイに耽溺していく、そんな話。

 全部で30ページほどしかなく、読後感は小説を読んだというより、菊地成孔のラジオドラマを聞いた感じに近い。内容も、ヤマもオチもイミもないし、官能小説の目的である、ヌキどころ、も別にないので(少なくとも自分には)、この小説は文章とその雰囲気自体を味わうものだろう。

 描かれる溺死フェチの描写は妙にリアルで、性行為というより拷問に近い。もしもこの本が広まったら、男性から女性に対する加害を肯定するファンタジーだ、なんて怒る人も出てくるかもしれない。まあ、発売の規模からしてないと思うけど。

 溺死フェチについて、少しネットで検索してみたら、そういう人はいるようで、SMの延長としてプレイをしている人が多いらしい。自分は、溺死プレイなんて怖くて(この本を読んでる間も怖かった)、動画も観たくないので、深く調べなかった。

 他人への暴力を肯定したくないけど、溺死プレイみたいな他人への加害行為(当事者はどう感じているかわからない)にしか興奮できない人は、これからどんどん、生きづらくなるだろうなあ。特に、男性から女性への暴力を描くことがどんどん、センシティブになっていくこの状況で、溺死プレイに限らず、レイプとか、暴力の介在した性行為を描いたものは、規制が進むだろうから。

 しかし、「正しいエロ」「正しいセックス」なんてあるのかなあ、とも思う。もちろん、同意のないセックスはレイプだし、子供を作らないなら避妊だってした方がいいに決まってる。ただ、セックスやエロは、どこか後ろ暗いところがあるから、セックスやエロなのだという感じもするし、愛の結晶としての「正しいセックス」「正しいエロ」しかない世界というのも、どこか窮屈な感じもする。何度も言うけど、だからと言って、暴力を肯定しているわけではないし、過激な暴力的なセックスを描いたコンテンツを全て解禁すべき、と言ってるわけではない。最近読んだ、『欲望会議』に引っ張られて、話が本とずれてしまった。

 ちなみに、この本には、菊地成孔を少し知っている人なら、分かる話の元ネタがいくつかある。例えば、ダンが罹ったパニック障害は、菊地自身がかかっていたものだし、それを精神分析で直したというのも、彼自身の話だ。さらに、キャバクラにやってくる話のうまいカリスマというのも、菊地自身の話。以前ラジオで菊地は、キャバクラで仕事の話になると、おにぎりのパッケージを全部作ってるとか嘘をついて、話を盛り上げるのが得意だ、とラジオで話していた。

 とりとめもない感想になった。菊地成孔のファンで、彼のラジオドラマが好きだった人などは、読んで損はないかなあと思う。ただ、ヤマもオチもイミも無い小説だし、「こんなのに1000円も払いたくないわー!」という人は読まない方がいい。

 

菊地成孔の本など

「ヴァイナル文學選書」について

tokyokirara.com

 

2018年に終わってしまった「粋な夜電波」の本。正規の方法で、番組を聞けなくなった今、どんな雰囲気のラジオだったのか気になる人はぜひ。

菊地成孔の粋な夜電波 シーズン1-5 大震災と歌舞伎町篇

菊地成孔の粋な夜電波 シーズン1-5 大震災と歌舞伎町篇

 
菊地成孔の粋な夜電波 シーズン6-8 前口上とコントの爛熟期篇

菊地成孔の粋な夜電波 シーズン6-8 前口上とコントの爛熟期篇

 

 

菊地成孔による映画評の現時点で最新のもの(たぶん)

菊地成孔の欧米休憩タイム

菊地成孔の欧米休憩タイム

 

 

 菊地成孔大谷能生による東大でのジャズ講義をまとめた本。菊地のラジオを熱心に聞いていた大学時代、教授が選んだ本のコーナーに、これが置いてあって、かなり嬉しかったのを覚えている。

 

(了)